SiteNews
霊園管理局よりお知らせ
霊園BBS
参拝(投稿には無料登録下さい)
忌日カレンダー
亡くなった日のカレンダー
リンク
霊園関連のお役立ちリンク集
ログイン
ユーザ名:

パスワード:


パスワード紛失

新規登録
メインメニュー
ログイン
ユーザ名:

パスワード:


パスワード紛失

新規登録
検索

な行の方

な行で始まる方

1: 二谷英明(1)   2: 18代目中村勘三郎(1)   3: 中川昭一(1)   4: 二谷英明(1)   5: 5代目 中村富十郎(1)   6: 西本幸雄(1)   7: 西村忠兵衛(1)   8: 仁科芳雄(1)   9: 西田幾多郎(1)   10: 中山みき(1)   11: 初代 中村富十郎(1)   12: 初代 中村鴈治郎(1)   13: 二宮尊徳(1)   14: 西周(1)   15: 中村八大(1)   16: 中島忠幸(1)   17: 中上健次(1)   18: 梨元勝(1)   19: 長門裕之(1)   20: 成田きん(1)   21: 夏目雅子(1)   22: 夏目漱石(1)  

 新規投稿 | スレッド表示 | ツリー表示 | 投稿順表示 | i-mode | トップ 
« 1 2 3 (4) 5 »

1 中島忠幸
39
管理人

39 2011-9-3 16:33:42  [返信] [編集]

戒名「浄楽幸安信士」

福岡県福岡市生まれ。最終学歴は、九州産業大学附属九州高等学校中退。身長168cm、体重53kg、血液型O型。

お笑いコンビ「カンニング」のツッコミ担当であった。お笑いのネタ中では相方の竹山隆範があまりにもキレるため、専らなだめ役となっていた。しかし、稀に竹山が暴走しすぎた時など、竹山以上の勢いでキレて竹山を黙らせていた。

普段は竹山より短気な性格で、竹山がネタ中の暴言で迷った際には、強く通したこともある[1]。また『エンタの神様』において視聴者に電話で意見を求めた際も、その苦い発言に対して流そうとする竹山に対しキレた強い発言をするなどした。

板前の経験から『笑いの金メダル』の『グリルの金メダル』や『めちゃ×2イケてるッ!』の『やべっち寿司』でもその腕前を披露。2005年(平成17年)1月15日には東京都で開かれた『全日本鍋物コンテスト』に『辻よしなり ラジオグラフィティ』のチームで参加。しかしながら、後述の理由から入院中となってしまい、レシピのみ提出による参加となる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E5%BF%A0%E5%B9%B8


本寿院 住職 三浦尊明
http://111.or.jp/
全部読む 最新50 1-100 板のトップ リロード

1 中上健次
39
管理人

39 2011-9-3 16:31:52  [返信] [編集]

戒名「文嶺院釈健智」

和歌山県新宮市生まれの小説家。和歌山県立新宮高等学校卒業。本名は、表記は同じだが読みは「なかうえ」。妻は作家の紀和鏡、長女は作家の中上紀、次女は陶芸家で作家の中上菜穂。

被差別部落の出身であり、部落のことを「路地」と表現する。羽田空港などで肉体労働に従事したのち執筆に専念。初期は、大江健三郎から文体の影響を受けた。柄谷行人から薦められたウィリアム・フォークナーに学んだ先鋭的かつ土俗的な方法で、紀州熊野を舞台にした数々の小説を描き、ある血族を中心にした「紀州サーガ」とよばれる独特の土着的な作品世界を作り上げた。1976年(昭和51年)、『岬』で、第74回芥川賞を受賞。戦後生まれで初の芥川賞作家となった。1992年、腎臓癌の悪化により46歳の若さで死去。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E4%B8%8A%E5%81%A5%E6%AC%A1




本寿院 住職 三浦尊明
http://111.or.jp/
全部読む 最新50 1-100 板のトップ リロード

1 梨元勝
39
管理人

39 2011-8-30 10:31:47  [返信] [編集]

戒名「秦篤院釋勝陽居士」

東京都中野区生まれる。埼玉県与野市(現在のさいたま市中央区)に育つ。埼玉県立浦和西高等学校(1年留年する)を経て、法政大学社会学部社会学科卒業。

出版社・講談社の契約社員として女性誌「ヤングレディ」の記者を務めた後、芸能リポーターに転身した。その後、30年以上にわたり精力的な活動を見せたが、2010年(平成22年)8月21日午前5時19分に肺癌のため東京都渋谷区の病院で逝去した[1][2]。 本人が芸能ニュース担当として出演していた福岡のローカルラジオ番組中村もときの通勤ラジオにて長女の眞里奈が語ったところによると、入院時には既に末期状態であったが、本人は癌の進行度を表すステージの意味すら知らず、医師からステージIVである旨の説明を受けても「ステージIVの上はあるのか」と家族に聞く状態だったと言う。入院中も前述のラジオ番組に出演するなど、亡くなる直前まで仕事をこなしていた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%A8%E5%85%83%E5%8B%9D


本寿院 住職 三浦尊明
http://111.or.jp/
全部読む 最新50 1-100 板のトップ リロード

1 長門裕之
39
管理人

39 2011-8-29 15:24:10  [返信] [編集]

戒名「極芸院釋浄晃」

日本を代表する俳優の一人。妻は元女優の南田洋子、実弟は俳優の津川雅彦、父は沢村国太郎、母はマキノ智子、叔父に加東大介、叔母に沢村貞子、祖父には「日本映画の父」と呼ばれる牧野省三、狂言作者の竹芝伝蔵、姪に女優の真由子をもつという芸能一家。沖縄アクターズスクール校長マキノ正幸は母方のいとこ。真由子からは「アーチー」(意味は晃夫おじさん)と呼ばれた。南田との間に子供はいなかった。

京都府京都市中京区生まれ。花園高等学校卒業から立命館大学文学部中退。元阪神タイガース監督の吉田義男は同学年であり大学時代の同期だが、吉田も中退している。

映画初出演は1940年の『続清水港』。第二次大戦前の少年期から名子役として広く知られた。学生時代は俳優を一時休業するが、戦後、映画製作を再開した日活に入社。太陽族映画の第一作となる『太陽の季節』に主演し、デビュー間もない石原裕次郎と共演したほか、今村昌平監督とコンビを組み、印象深い演技を残した。しかし、実弟の津川や後輩の石原らに人気を奪われる形となった。1961年に南田と結婚、翌1962年に日活を退社してフリーとなり、各社の映画に出演するほか、テレビドラマにも進出。大映テレビ作品や2時間ドラマなどに出演した。

1983年からKBS京都が主催する交通遺児支援のチャリティー番組『かたつむり大作戦』のキャンペーンパーソナリティー(南田は1984年から)として出演を続けていた。なお同大会は2005年で終了した。

同い年の愛川欽也、大橋巨泉、財津一郎、坂上二郎、藤村俊二、睦五郎、森山周一郎らと「昭和九年会」を結成しチャリティ事業などに取り組んだ。

1985年11月に『洋子へ』(データハウス)を出版。妻の南田への告白という形で、自身の奔放な女性関係などを実名で赤裸々に記し、いわゆる暴露本として世を騒がせた。これに対し実名を書かれた女優池内淳子などが強く反発。長門(データハウス)側は初版を回収し、問題箇所を書き直した改訂版を出したうえ、池内に対しては新聞に謝罪広告を掲載した。長門は「ゴーストライターによる口述筆記だったため真意が伝わらなかった」などと弁明したが、南田とともにすべての出演番組、CMの降板を余儀なくされるなど、この騒動が以後の芸能活動に大きなダメージを与えたとされる。ワイドショーの多数の取材を受け、長門が「こんな本はダメです!」と、自著を机に叩き付ける場面がテレビで放送された。

長年かけ復調し、脇役や敵役を含むゲスト出演を多くこなし活躍した。晩年は「(浮気や、前記の著書で迷惑をかけた人々へのお詫びなどを含め)苦労をかけた洋子への恩返し」として認知症になった南田の介護に取り組みつつ、「リタイアした洋子の分まで」と発起し、精力的な活動を行った。同時に、長年確執があったとされた弟津川との共演に加え、津川がマキノ雅彦名義で監督を務めた映画作品にも出演した。

2009年10月21日、妻・南田洋子がクモ膜下出血により76歳で死去。倒れた前日に続き、当日も明治座での舞台公演後に記者会見を開き、『これからは女房のない世界に踏み出していきます。思い出の中で洋子は生きてますから。これは永遠のものです』、また『4年間、僕が介護することで、僕の人生をよみがえらせてくれて、人生観を変えてくれました』と涙を浮かべながら記者陣に対しコメントを述べた。

2011年5月21日午後5時20分、東京都文京区の順天堂医院で死去した[1][2]。77歳没。一部報道で、今年2月に脳出血で倒れ、都内の病院に入院、自宅療養していると報じられていた。また同日夜に実弟の津川は病状について「肺炎をきっかけにした合併症であったが、前日は元気であった」と述べ、当日になって容体が急変したことを明かした。津川と共に長門とは60年来の友人であった浅丘ルリ子も駆けつけた。

長門の死去の報に『昭和九年会』メンバーで長年親交が深かった橘家圓蔵(落語家)は「(玉置宏、坂上二郎に続いて)どんどん仲間がいなくなっちゃう」と哀悼のコメントを発表した[3]。この他にも『どんど晴れ』(NHK)で共演した比嘉愛未が自らのブログで長門を悼むコメントを記し、『池中玄太80キロ』(日本テレビ)で共演した西田敏行が「玄太は泣いています」と語るなど[4]、長門と縁のあった人々が哀悼のコメントを寄せた。長年親交があった萩本欽一は、弔問に訪れた際「最高の先輩で、友達で、兄貴だった」と声を詰まらせながら話した[5][6]。

葬儀・告別式は5月24日、東京都港区の善福寺で弟の津川が喪主を務めて営まれ、遺体は品川区の桐ヶ谷斎場で荼毘に付された。23日の通夜では中井貴一と笹野高史が、24日の葬儀・告別式では黒柳徹子と奥田瑛二が弔辞を読んだ。法名は「極芸院釋浄晃」(ごくげいいんしゃくじょうこう)。

最後の映画出演作品は『青い青い空』。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E9%96%80%E8%A3%95%E4%B9%8B




本寿院 住職 三浦尊明
http://111.or.jp/
全部読む 最新50 1-100 板のトップ リロード

1 成田きん
39
管理人

39 2011-8-28 13:16:26  [返信] [編集]

戒名「錦室妙良信女」

1892年(明治25年)8月1日、愛知県愛知郡鳴海村(現在の愛知県名古屋市緑区)で矢野家の長女・次女として生まれた。きんとぎんの二人が一卵性双生児であることも検査で確認されているが、なぜか血液型は異なっている。

1991年、数え年百歳を迎え、当時の鈴木礼治愛知県知事、西尾武喜名古屋市長から二人揃って長寿の祝いを受けたことが新聞に紹介される[1]。その後ダスキンのテレビCMに起用され、「きんは100歳100歳、ぎんも100歳100歳」(ダスキンの問い合わせ電話番号が「100番100番」であったことから)で全国的に有名になり、双子のお婆さんとして親しまれた。同じ時期、通信販売情報誌「通販生活」のCMやAMラジオ局・ニッポン放送のAMステレオ放送開始宣伝にも出演。1992年の新語・流行語大賞にも選ばれた。

1992年2月、「きんちゃんとぎんちゃん」(作詞:松本礼児、作曲:穂口雄右)でCDデビューし、浦辺粂子の持つ、日本での最高齢レコードデビュー記録を大幅に更新した。なお、この曲はオリコンで39位を記録し、オリコン史上最高齢でのチャートイン記録となった。

1992年12月、1998年12月に『徹子の部屋』にゲスト出演した。

1993年にはNHK紅白歌合戦に応援ゲストとして出場した。また、東海テレビ制作のフジテレビ系金曜ドラマシアター(→金曜エンタテイメント、現・金曜プレステージ枠)『名古屋嫁入り物語』シリーズに特別出演したほか、敬老の日スペシャルゲストとして『笑っていいとも!』にも登場している。

1995年には「金銀婆婆」と呼ばれ人気を得ていた台湾へ招かれ、103歳で初めての海外旅行をした。このときぎんは「(名古屋弁が)通じればええけどね」と語っていた。

百歳を越えて初めて確定申告を経験した。参議院の国会質問においても取り上げられるなど話題になり、日本国外でも報道された。1993年には春の園遊会に招かれている。放送大学の平澤彌一郎教授による足の裏の調査を受けた。このことを契機として、きんは放送大学の科目履修生となり、平澤教授の講義を履修した。全国各地でイベントに参加するなど、亡くなる直前まで芸能活動や慰問を続けた。

姉妹はマスコミで取り上げられ始めたころは全白髪であったが、メディアに取り上げられるにつれ黒髪が増えていったことが確認されている。またマスコミに取り上げられる前は中度の認知症であったとされるが、マスコミに取り上げられるにつれさまざまな著名人やリポーターの取材を受けたり、全国各地を旅行するために筋力トレーニングに励んだ結果、リポーターの質問に的確に応答し、ドラマ出演時に台詞を記憶するなど症状が改善した。この事例は医学会でも注目され、認知症の予防には、常に新しい経験と刺激・下半身を中心とした筋力トレーニングによる脳への刺激が有効であることの実証例として、テレビ番組『特命リサーチ200X』で紹介された[2]。 認知症改善のきっかけとなった下半身の筋力アップのトレーニングは、きんのトレーナーを務めた久野接骨院院長・久野信彦が2008年12月に出版した『老筋力』(祥伝社)内で詳細を記している。その中で、きんはハムストリングス強化運動と呼ばれる筋肉トレーニングなどを行い、下半身の血管を刺激するミルキング効果を向上させることで、血液循環が良化し、認知症改善につながったとされる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8D%E3%82%93%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%8E%E3%82%93%E3%81%95%E3%82%93



本寿院 住職 三浦尊明
http://111.or.jp/
全部読む 最新50 1-100 板のトップ リロード

 新規投稿 | スレッド表示 | ツリー表示 | 投稿順表示 | i-mode | トップ 
« 1 2 3 (4) 5 »

BluesBB ©Sting_Band