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1 山本周五郎
39
管理人

39 2011-9-12 14:49:28  [返信] [編集]

戒名「恵分院周嶽文窓居士」

1903年(明治36年)山梨県北都留郡初狩村(現・山梨県大月市初狩町下初狩)にて父清水逸太郎、母とくの長男として誕生。
1907年(明治40年)初狩村が明治40年の大水害で壊滅的被害を受け、一家で北豊島郡王子町豊島(現東京都北区豊島)に転居。
1910年(明治44年)神奈川県横浜市久保町(現神奈川県横浜市西区久保町)に転居。
1916年(大正5年)横浜市立尋常西前小学校(現横浜市立西前小学校)卒業。卒業と同時に東京木挽町2丁目(現銀座2丁目)にあった質店の山本周五郎商店に徒弟として住み込む。
1923年(大正12年)徴兵検査を受け、眼力が問題となり丙種合格で免れる。同年9月1日の関東大震災によって山本周五郎商店も被災しいったん解散となる。その後豊橋、神戸に転居。
1924年(大正13年)再び上京。帝国興信所(現帝国データバンク)に入社。文書部に配属。その後帝国興信所の子会社である日本魂社に転籍。
1926年(大正15年・昭和元年)『文藝春秋』4月号に『須磨寺附近』が掲載されこれが文壇出世作となる。10月20日、脳溢血で母とく死去。
1928年(昭和3年)千葉県浦安町(現千葉県浦安市)に転居。10月日本魂社を勤務不良で解雇。
1929年(昭和4年)東京虎ノ門に転居。
1930年(昭和5年)宮城県出身の土生きよいと結婚。
1931年(昭和6年)東京馬込東に転居。空想部落と称された馬込文士村の住人となる。
1934年(昭和9年)6月26日、中風で父逸太郎死去。
1943年(昭和18年)第17回直木賞に『日本婦道記』が選ばれるが辞退。
1945年(昭和20年)3月9日東京大空襲の日に膵臓癌で妻きよい死去。
1946年(昭和21年)自宅の筋向いに住んでいた吉村きんと再婚。横浜市中区に転居。
1959年(昭和34)『樅の木は残った』が毎日出版文化賞に選ばれるが辞退する。
1961年(昭和36年)文藝春秋読者賞に『青べか物語』が選ばれるが辞退。
1967年(昭和42年)2月14日、当時仕事場として使用していた旅館間門園別棟で肝炎と心臓衰弱のため死去。享年65(63歳で死去)。墓所は神奈川県鎌倉市の鎌倉霊園。戒名恵光院周嶽文窓居士。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E5%91%A8%E4%BA%94%E9%83%8E


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1 山内一豊
39
管理人

39 2011-9-12 14:42:45  [返信] [編集]

戒名「大通院心峯宗伝」

戦国時代から江戸時代前期の武将、大名。土佐山内氏の当主。

父は岩倉織田氏の重臣・山内盛豊、母は法秀尼(法秀院とする説もある。尾張の土豪・梶原氏の娘か)。祖父は山内久豊。兄に山内十郎、弟に山内康豊。妻は内助の功で知られる見性院(「千代」の名で有名だが、実名かどうかは定かでない。若宮友興の娘とも遠藤盛数の娘とも言われる)。通称は伊右衛門もしくは猪右衛門(いえもん)。のちに康豊の嫡男・山内忠義(第2代藩主)を養子とした。織田信長や豊臣秀吉、徳川家康らに仕え、関ヶ原の戦いにおいては徳川方に与した軍功により土佐国9万8千石を与えられた。のち、高直しにより20万2,600石を領した。土佐藩初代藩主。家紋は三つ柏紋。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%86%85%E4%B8%80%E8%B1%8A


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1 山縣有朋
39
管理人

39 2011-9-12 14:40:32  [返信] [編集]

戒名「報國院釋高照含雪大居士」

日本の武士(長州藩士)、陸軍軍人、政治家。階級は元帥陸軍大将。位階は従一位。勲等は大勲位。功級は功一級。爵位は公爵。内務大臣(初・第2・第3代)、内閣総理大臣(第3・9代)、元老、司法大臣(第7代)、枢密院議長(第5・9・11代)、陸軍第一軍司令官、貴族院議員、陸軍参謀総長(第5代)などを歴任した。

長州藩領内の蔵元仲間[2]三郎有稔(ありとし)の子として生まれた。幼名は辰之助、通称は小助、のち小輔、さらに狂介と改名。明治維新後は有朋の諱を称した。

高杉晋作が創設した奇兵隊に入って頭角を現し、後に奇兵隊の軍監となる。明治新政府では軍政家として手腕をふるい日本陸軍の基礎を築いて「国軍の父」とも称されるようになった。官僚制度の確立にも精力を傾け、門閥や情実だけで官僚文官官吏が登用されることの無いように文官試験制度を創設し、後進を育成[3]。山縣が軍部・政官界に築いた幅広い人脈は「山県系」「山県閥」などと称される。晩年も陸軍のみならず政官界の大御所、「元老中の元老」[4]として隠然たる影響力を保ち、「日本軍閥の祖」の異名をとった。伊藤博文とならび明治維新期に低い出自から栄達を遂げた代表的人物である。

自身が得た最高位の階級は陸軍大将だが、元帥府に列せられ元帥の称号を得ており、元帥陸軍大将と呼称された。各国でも大英帝国のメリット勲章等勲章を多数受章している。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E7%B8%A3%E6%9C%89%E6%9C%8B


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1 山岡荘八
39
管理人

39 2011-9-10 18:04:07  [返信] [編集]

戒名「山岡院釈荘八真徳居士」

新潟県北魚沼郡小出町(現:魚沼市)の山内家に生まれる。1918年川で泳いでいて前額部を強打、瀕死の重傷を負いのちのちまでこぶとして残る。1920年高等小学校を中退して上京、博文館印刷所で文選工として働きつつ逓信省の研究所に学ぶ。1924年より印刷・製本業を始め、1932年万里閣に入社し、雑誌『ギャング』を編集、「変態銀座デカメロン」を連載。1933年後妻として迎えた妻の実家である加賀安宅(現、石川県小松市)の藤野家に入り、以後、藤野姓を名乗る。妻は筆名山岡道枝。長谷川伸に入門、山岡荘八の筆名を用いる。

1938年に「約束」で「サンデー毎日大衆文芸」入選。長谷川伸の新鷹会に入会。1939年初の著書『からゆき軍歌』を上梓。1942年より従軍作家として各戦線で活動。『海底戦記』その他で野間文芸奨励賞受賞。

戦後、公職追放となる。50年より「北海道新聞」に『徳川家康』を連載、のち「中部日本新聞」「神戸新聞」などに拡大。53年より単行本の刊行が始まり、ベストセラーとなる。58年中日文化賞。63年新鷹会理事。66年文壇長者番付一位、自衛隊友の会会長となる。67年『徳川家康』が完結し、長谷川伸賞受賞、昌平黌短期大学名誉学長。68年第2回吉川英治文学賞を受賞。73年紫綬褒章受章。

保守系の政治家や文化人との付合いも多く、1963年には麻薬追放国土浄化連盟を福田恆存・市川房枝・田岡一雄・田中清玄らと結成。1974年には谷口雅春や岡田光玉と「日本を守る会」を結成し、これは現在の日本会議へとつながっていく。自衛隊友の会会長も務めていた。76年天皇在位五十年奉祝実行委員長。没後従四位勲二等瑞宝章。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%B2%A1%E8%8D%98%E5%85%AB


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1 柳家小さん(5代目)
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管理人

39 2011-9-6 16:41:27  [返信] [編集]

戒名「本行院殿法勲語咄日盛居士」

長野県出身の落語家。本名、小林 盛夫(こばやし もりお、4代目桂三木助の本名と同姓同名)。出囃子は『序の舞』。1995年に落語家として初の人間国宝に認定された。

息子は落語家の6代目柳家小さん。娘は元タレント・小林喜美子。孫は元バレエダンサーで俳優の小林十市と、その弟で落語家の柳家花緑。(二人の母が小林喜美子)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B3%E5%AE%B6%E5%B0%8F%E3%81%95%E3%82%93_(5%E4%BB%A3%E7%9B%AE)


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