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1 久島海
39
管理人

39 2012-2-28 13:20  [返信] [編集]

戒名「誠徳院啓優太善居士」

相撲好きの父親の影響で4歳の頃から相撲を始める。新宮高校に進学した時には既に身長186cm、体重160kgという堂々たる体格で、3年連続で高校横綱、しかも3年生の時には高校生では史上初となるアマチュア横綱まで獲得し、怪物の名をほしいままにした。高卒後、角界入りに期待がかかったが、かねてから教師志望であったこともあり日本大学に進学。日大入学後も3年連続で学生横綱を獲得するなど史上最多の28個のタイトルを獲得した。当初は「プロへは行かない」と明言しており、教育職に就くかも悩み抜いた末、後に鳴り物入りで出羽海部屋に入門。1988年1月場所、『久嶋』の四股名で幕下60枚目格付出で初土俵を踏んだ。

幕下でややもたついたものの負け越し無しで1989年3月場所に十両に昇進。このとき四股名も『久島海』に改名した。同年7月場所には新入幕。アマチュア時代の実績から将来を嘱望された存在だったが、立合い、出足共に鋭さを欠き、腰高でかつ脇が甘く受け身になり易いなど、200kgを超える巨躯を活かした前に出る相撲に開花することはついになかった。そのため強引に相手を引っ張り込んで、小手に振る相撲でしか勝ちパターンを確立できず、プロ入り当時「末は横綱か大関間違いなし」と期待されるも、それどころか三役(関脇・小結)にすらも昇進を果たさずに終わることになる。特に前頭2枚目の地位で迎えた1993年3月場所では旭道山の張り手を喰らって膝を痛め途中休場の負け越し(7勝7敗1休)、三役へ昇進する大きな機会を逃してしまった。

晩年は十両に陥落していたが、それでも1998年3月場所には3回目の十両優勝を果たすなど意地を見せつけたが、特に十両陥落後、上位筆頭〜3枚目前後に在位していた1995年以降は、東筆頭で勝ち越しながら、入幕できない場所があるなど幕内下位力士の陥落者が希少であったことから、中々幕内に返り咲けなかった。また、現役最終場所の1998年9月場所では4勝11敗と大きく負け越すも、西十両5枚目で通常であれば陥落を免れるはずが、幕下上位が軒並み好成績でかつ十両下位の負け越し力士が居なかったため、翌場所の番付発表で東幕下筆頭に陥落(平成に入り十両6枚目以上で、4勝以上の成績を残しながら幕下に陥落したのは久島海だけである)して現役引退を決意するなど、番付運に恵まれなかった面もある。厳しい力士人生であったがその中でもガチンコ相撲を貫いたと言われており、八百長疑惑や八百長騒動とは徹頭徹尾無縁の人であった。

1998年11月場所前に引退し、準年寄・久島海を経て年寄・田子ノ浦を襲名。2000年1月場所後に出羽海部屋から分家独立して田子ノ浦部屋を設立し、後進の指導に当たった。2006年から死去まで勝負審判を務めた。その他、弟子を連れて各地の小学校や幼稚園への地道な訪問を続けて、相撲の普及にも努めていた[1]。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%85%E5%B3%B6%E6%B5%B7%E5%95%93%E5%A4%AA


本寿院 住職 三浦尊明
http://111.or.jp/
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