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1 川崎正蔵
39
管理人

39 2011-10-1 15:44  [返信] [編集]

戒名「徳光院殿豁堂恵然大居士」

薩摩国鹿児島城下大黒町(鹿児島県鹿児島市)生まれ。17歳の時長崎に出て貿易に従事、藩命によって金・米を扱った。鹿児島町吏、さらに大坂の蔵屋敷用達を命ぜられたが、貿易に着目して藩庁を説き、西洋型帆船数隻を購入して薩摩国産物を畿内に輸送、巨利を博した。明治4年(1871年)上京し、明治6年(1873年)帝国郵便汽船会社副社長となり、東京、琉球間の郵便航路開始に尽力した。同社は明治11年(1878年)に三菱汽船会社と合併する。明治10年(1877年)大阪に官糖取扱店を開き、また琉球反物の運送販売により巨利を得て、念願であった造船業を開始。明治11年(1878年)築地造船所、明治13年(1880年)兵庫川崎造船所を開業、明治19年(1886年)には官営兵庫造船所の払い下げを受けて、明治20年(1887年)川崎造船所(現・川崎重工業)を設立。明治29年(1896年)川崎造船所を株式に改組し、顧問に退いた。事実上、後継者がいなかった正蔵は、同郷の先輩であり自分の事業の恩人でもあった松方正義の三男・松方幸次郎を後継者に選ぶ。一方、明治23年(1890年)に多額納税貴族院議員、明治31年(1898年)「神戸新聞」を創刊、明治38年(1905年)神戸川崎銀行を開設、監督に就任した。また美術品の収集でも知られ、神戸の自邸内に美術館をつくり、長春閣と名付けた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E5%B4%8E%E6%AD%A3%E8%94%B5

http://www.hakaishi.jp/tomb/tomb/02-22.html



本寿院 住職 三浦尊明
http://111.or.jp/
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