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1 初代 桂文枝
39
管理人

39 2011-10-1 15:24  [返信] [編集]

戒名「桂壽院善譽諦心文枝居士」

初代 桂文枝(1819年 - 1874年4月2日)は、本名同じ。明治維新で戸籍ができた際に、本名も桂文枝とした。通称(あだ名)は「藤兵衛」。

近年、大阪市天王寺区の全慶院から墓碑が発見され、子孫の過去帳からも新たに出身や背景が確認された。それによると、生家は大阪市中央区心斎橋界隈にあったらしい。文献では鍛冶職人と伝わっているが、子孫には家具職人三文字屋で道具も残されている。また、掛け軸による肖像画も発見されている[1]。妻は名をサトといい、1880年6月22日に没している。

上方3代目桂文治門下とする説と、上方4代目門下とする両説があるが、あるいは3代目の死去後、4代目預かりとなったのかもしれない。1840年、笑福亭梅花の門人となり笑福亭万光(萬光)を名乗る。後、笑福亭?梅花、笑福亭?梅香を経て、4代目桂文治門下に移り初代文枝を名乗る。最初の読みは,「フミエ」であった。しかし、女と間違えられるため、「ブンシ」と読みを変えた。

上方落語中興の祖。当時流行していた唄や踊り交じりの派手な噺ではなく、素噺で評判を取った。この芸風は、2代目・3代目の文枝にも引き継がれてゆく。また、前座噺の『三十石』を大ネタに仕立て上げた。この噺を百両で質入し、その間は高座に掛けなかったため、見かねた贔屓客が質受けしたという伝説は有名である。また、あまりにも人気があったため、寄席の席亭が文枝の画像を床の間にかけて敬ったという逸話もある。

藤兵衛というあだ名は当時藤兵衛という贔屓の旦那衆がこの文枝と容貌が瓜二つだった為にそう言われる様になった。

門人には、「四天王」として知られる、初代桂文三(後の2代目桂文枝、桂文左衛門)、初代桂文之助(後の2世曽呂利新左衛門)、初代桂文團治、2代目桂文都(後の月亭文都)の他、初代桂文我、3代目桂文吾、初代桂文昇、初代桂談枝、2代目笑福亭木鶴、初代桂燕枝、3代目桂藤兵衛、軽口の笑福亭松右衛門らがいる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%82%E6%96%87%E6%9E%9D

http://www.hakaishi.jp/tomb/tomb/06-53.html


本寿院 住職 三浦尊明
http://111.or.jp/
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