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1 中村八大
39
管理人

39 2011-9-3 16:47  [返信] [編集]

戒名「浄奏院法永学雄日大居士」

中国大陸で出生後、1945年に福岡県久留米市へ引き揚げ、そこで旧制中学校時代を過ごす[1]。
旧制中学明善(現・福岡県立明善高等学校)、早稲田大学高等学院、早稲田大学文学部卒業。
学生時代からピアニストとして活動。早稲田大学高等学院在籍時には、ダンスバンド『谷口安彦とプレミア・スウィング』や人気学生コンボの『レッド・ハット・ボーイズ』などに客演するようになった。
早稲田大学に進学してからは、ジョージ川口、松本英彦、小野満と共にジャズバンド「ビッグ・フォー」を結成していた。
その活躍ぶりが、当時早稲田大学のベーシストだった渡辺晋(後の渡辺プロダクション創業者)の耳にも届き、早稲田大学文学部に進学後 兄・二大を通じて渡辺晋と対面。渡辺が結成していたコンボバンド『ファイヴ・ジョーズ&ア・ジェーン(後の『渡辺晋とシックス・ジョーズ』)に加入した。しかしながらアーテスト志向の中村とエンターテナー志向の渡辺とでは意見を異する場面もあり結局、渡辺と袂を分かち1953年からはドラマーのジョージ川口率いるカルテット「ビッグ4」のメンバーとなり、当時の日本における大衆的ジャズブームの渦中で非常な人気を得た。
その後、1950年代末からは作曲家としての活動に主軸を転じ、ジャズのセンスを生かした特異な作風で、それまでの日本の歌謡曲とは一線を画したユニークな歌曲を多く作った。永六輔とのコンビ(ともに早稲田大学出身)で多くのヒット作を世に送り出したことから、『六・八コンビ』と呼ばれる(「上を向いて歩こう」など二人の歌をしばしば歌った歌手の坂本九を合わせて、『六・八・九』と呼ばれることもある)。
1959年の『黒い花びら』(作詞・永六輔、歌・水原弘)で、第1回日本レコード大賞を受賞。
1963年の『こんにちは赤ちゃん』(作詞・永六輔、歌・梓みちよ)で、第5回日本レコード大賞を受賞。
1966年1月、ミュージカル「宝島」の音楽担当。
1966年10月、第1回リオデジャネイロ国際音楽祭に、江利チエミの『私だけのあなた』を出品。オーケストラ編曲賞を受賞。
1970年からはNHK総合テレビ「ステージ101」の音楽監督を務めた。
1992年6月10日、心不全のため他界。享年61。晩年は持病の糖尿病に苦しみ音楽活動の一線からは退いていた。
葬儀は浄土真宗で行ったが、77日忌は日蓮宗にて行われた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9D%91%E5%85%AB%E5%A4%A7




本寿院 住職 三浦尊明
http://111.or.jp/
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