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1 小泉八雲
39
管理人

39 2011-9-1 16:28  [返信] [編集]

戒名「正覚院浄華八雲居士」

日本国籍を取得する前の名は、パトリック・ラフカディオ・ハーン(Patrick Lafcadio Hearn)である。ラフカディオが一般的にファーストネームとして知られているが、実際はミドルネームである。アイルランドの守護聖人聖パトリックに因んだファーストネームは、ハーン自身キリスト教の教義に懐疑的であったため、この名をあえて使用しなかったといわれる。

ファミリーネームは来日当初「ヘルン」とも呼ばれていたが、これは松江の島根県立中学校への赴任を命ずる辞令に、「Hearn」を「ヘルン」と表記したのが広まり、当人もそのように呼ばれることを非常に気に入っていたことから定着したもの。ただ、妻の節子には「ハーン」と読むことを教えたことがある。 HearnもしくはO'Hearnはアイルランド南部では比較的多い姓である。「八雲」は、一時期島根県の松江市に在住していたことから、そこの旧国名(令制国)である出雲国にかかる枕詞の「八雲立つ」に因むとされる。

当時はイギリス領であったレフカダ島(1864年にギリシャに編入)にて、イギリス軍の軍医であったアイルランド人の父と、レフカダ島と同じイオニア諸島にあるキティラ島出身のギリシャ人の母のもとに出生。アイルランド・ダブリンで主に幼少時代を過ごす。

父が軍医として外地に赴任している間に母が精神を病み故郷に帰国、間もなく離婚が成立。以後両親にはほとんど会うことなく、肉親に縁の薄い子ども時代を送った。

フランス・イギリスで教育を受けた後、20歳で渡米。得意のフランス語を活かし20代前半からジャーナリストとして頭角を顕し始め、文芸評論から事件報道まで広範な著述で好評を博す。

40歳のとき、アメリカの出版社の通信員として来日。来日後契約を破棄し、日本で英語教師として教鞭を執るようになり翌年結婚。

松江・熊本・神戸・東京と居を移しながら日本の英語教育の最先端で尽力し、欧米に日本文化を紹介する著書を数多く遺した。日本では『雨月物語』『今昔物語』などに題材を採った再話文学で知られる。

1904年に死去。彼が松江時代に居住していた住居は、1940年に国の史跡に指定されている。

ドナルド・キーン、イザベラ・バード、アーネスト・フェノロサ、モラエス、ブルーノ・タウト、アンドレ・マルロー等とならび、著名な日本・日本文化紹介者の一人であり、日本人にとっても、祖国の文化を顧る際の、重要なよすがとなっている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%B3%89%E5%85%AB%E9%9B%B2


本寿院 住職 三浦尊明
http://111.or.jp/
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