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1 成田きん
39
管理人

39 2011-8-28 13:16  [返信] [編集]

戒名「錦室妙良信女」

1892年(明治25年)8月1日、愛知県愛知郡鳴海村(現在の愛知県名古屋市緑区)で矢野家の長女・次女として生まれた。きんとぎんの二人が一卵性双生児であることも検査で確認されているが、なぜか血液型は異なっている。

1991年、数え年百歳を迎え、当時の鈴木礼治愛知県知事、西尾武喜名古屋市長から二人揃って長寿の祝いを受けたことが新聞に紹介される[1]。その後ダスキンのテレビCMに起用され、「きんは100歳100歳、ぎんも100歳100歳」(ダスキンの問い合わせ電話番号が「100番100番」であったことから)で全国的に有名になり、双子のお婆さんとして親しまれた。同じ時期、通信販売情報誌「通販生活」のCMやAMラジオ局・ニッポン放送のAMステレオ放送開始宣伝にも出演。1992年の新語・流行語大賞にも選ばれた。

1992年2月、「きんちゃんとぎんちゃん」(作詞:松本礼児、作曲:穂口雄右)でCDデビューし、浦辺粂子の持つ、日本での最高齢レコードデビュー記録を大幅に更新した。なお、この曲はオリコンで39位を記録し、オリコン史上最高齢でのチャートイン記録となった。

1992年12月、1998年12月に『徹子の部屋』にゲスト出演した。

1993年にはNHK紅白歌合戦に応援ゲストとして出場した。また、東海テレビ制作のフジテレビ系金曜ドラマシアター(→金曜エンタテイメント、現・金曜プレステージ枠)『名古屋嫁入り物語』シリーズに特別出演したほか、敬老の日スペシャルゲストとして『笑っていいとも!』にも登場している。

1995年には「金銀婆婆」と呼ばれ人気を得ていた台湾へ招かれ、103歳で初めての海外旅行をした。このときぎんは「(名古屋弁が)通じればええけどね」と語っていた。

百歳を越えて初めて確定申告を経験した。参議院の国会質問においても取り上げられるなど話題になり、日本国外でも報道された。1993年には春の園遊会に招かれている。放送大学の平澤彌一郎教授による足の裏の調査を受けた。このことを契機として、きんは放送大学の科目履修生となり、平澤教授の講義を履修した。全国各地でイベントに参加するなど、亡くなる直前まで芸能活動や慰問を続けた。

姉妹はマスコミで取り上げられ始めたころは全白髪であったが、メディアに取り上げられるにつれ黒髪が増えていったことが確認されている。またマスコミに取り上げられる前は中度の認知症であったとされるが、マスコミに取り上げられるにつれさまざまな著名人やリポーターの取材を受けたり、全国各地を旅行するために筋力トレーニングに励んだ結果、リポーターの質問に的確に応答し、ドラマ出演時に台詞を記憶するなど症状が改善した。この事例は医学会でも注目され、認知症の予防には、常に新しい経験と刺激・下半身を中心とした筋力トレーニングによる脳への刺激が有効であることの実証例として、テレビ番組『特命リサーチ200X』で紹介された[2]。 認知症改善のきっかけとなった下半身の筋力アップのトレーニングは、きんのトレーナーを務めた久野接骨院院長・久野信彦が2008年12月に出版した『老筋力』(祥伝社)内で詳細を記している。その中で、きんはハムストリングス強化運動と呼ばれる筋肉トレーニングなどを行い、下半身の血管を刺激するミルキング効果を向上させることで、血液循環が良化し、認知症改善につながったとされる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8D%E3%82%93%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%8E%E3%82%93%E3%81%95%E3%82%93



本寿院 住職 三浦尊明
http://111.or.jp/
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